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東京地方裁判所 平成6年(む)738号 決定 1994年10月25日

主文

本件各準抗告をいずれも棄却する。

理由

一  準抗告の趣旨及び理由

本件各準抗告の趣旨及び理由は、平成六年九月一三日付け各準抗告の請求書、同月二〇日付け各上申書、同月三〇日付け上申書(二)及び同年一〇月一七日付け上申書(三)記載のとおりであるから、これを引用する。

二  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、共助犯罪被疑者はファクシミリ用感熱紙の価格協定行為について、米国独占禁止法(連邦法典一五編一条、シャーマン法一条)違反の嫌疑を受け、右事件は、マサチューセッツ地区合衆国連邦地方裁判所の大陪審に現在係属中であるが、平成六年六月八日アメリカ合衆国から日本国に対し右事件について共助の要請があり、これを受けた証拠収集の一環として、東京地方検察庁検察官により、「共助犯罪名」を「独占禁止法違反」、「共助犯罪被疑者」を「S製紙株式会社ほか一名」とする捜索差押許可状の請求がなされ、東京地方裁判所裁判官は、同年九月七日、「被疑事件」を「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反」、「被疑者」を「S製紙株式会社ほか一名」とする捜索差押許可状(以下、「本件令状」ともいう)を発付し、これに基づき、同月九日、東京地方検察庁検察事務官らが東京都千代田区所在のM製紙株式会社本社事務所において、「準抗告の請求書」末尾添付の押収品目録記載の各物件を押収したことが認められる。

2  まず、本件各申立のうち、捜索許可の裁判の取消を求める部分は、刑事訴訟法四二九条の準抗告の対象となる裁判ではなく、また、差押許可の裁判の取消を求める部分は、右裁判により発付された令状に基づく押収処分が既に完了している以上、右裁判自体の取消を求める利益がないから(右裁判の瑕疵は、押収処分の取消を求める理由として主張しうるにとどまる。)、いずれも不適法である。

3  次に、押収処分の取消を求める申立人の各主張について検討する。

(一)  申立人は、以下のとおり主張する。すなわち、

(1) 本件令状には、国際捜査共助であることが明示されておらず、かつ令状に記載すべき罪名に誤りがある。本件押収処分は、米国シャーマン法一条違反に関する米国からの国際捜査共助要請に基づくものであるから、令状には共助犯罪名である「米国シャーマン法(一条)違反」と記載すべきであるのに、本件捜索差押令状には罪名として「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反」という日本の特別法違反の罪名が記載されている。しかし、罪名は、令状の基本的な方式の一つとして、刑事訴訟法二一九条が明文で要求するものであるから、罪名に誤りがある場合には、令状の効力を無効ならしめるものである。本件令状には、米国シャーマン法違反であることを示す記載がまったくなく、令状の基本的部分について重大かつ明白な瑕疵があるから、本件令状は、国際捜査共助法八条二項、同法一二条、刑事訴訟法二一九条一項に違反し、ひいては憲法三一条に違反するもので、無効である。

(2) また、このように無効な令状に基づく本件押収処分は、令状に基づかない押収処分と同視され、国際捜査共助法八条二項、同法一二条、刑事訴訟法二一八条一項、憲法三五条一項に違反し、ひいては憲法三一条に違反するものであって、無効である。

(3) さらに、本件押収処分は、日本の特別法違反についての令状であるにもかかわらず、米国の特別法違反の捜査のためという専ら別罪の捜査のために行われたものであるから、憲法三五条一項、刑事訴訟法二一八条一項、二一九条一項に違反し、違憲違法である。

(4) また、本件捜索差押令状発付の裁判は、その罪名である日本の特別法違反については「正当な理由に基づいて」発せられたものではないから、憲法三五条一項、刑事訴訟法二一八条一項、二一九条一項に違反し、違憲違法であり、このような瑕疵のある裁判に基づいて行われた本件押収処分も違憲違法である。

そこで検討するのに、本件令状に記載されている「被疑事件」及び「被疑者」は、前記二、1で認定したとおりであり、そこには、本件令状が、国際捜査共助法に基づく共助事件について発付されたものであることを示す記載がないことは所論のとおりである。しかしながら本件捜索差押許可状が発付された経緯は前記二、1のとおりであって、一件記録によれば、検察官から、本件令状請求を受けた東京地方裁判所裁判官は、検察官作成の捜索差押許可状請求書及び一件記録を検討し、共助犯罪被疑者につき、当該請求にかかるシャーマン法一条違反の犯罪の嫌疑の有無及び捜索差押の必要性等を審査、判断した上、令状を発付したことが明らかである。ところで、刑事訴訟法が捜索差押許可状に罪名の記載を求める趣旨は、事件を特定することにより、対象物件を特定し、捜査機関が当該令状をみだりに他の事件に流用することを防止することにあると解きれるから、罪名の記載は、捜索すべき場所又は差押えるべき物の表示の記載などとはその軽重においておのずと異なるものである。本件令状に記載された罪名は、共助犯罪名の表示として適切を欠くものではあるが、右にみた本件令状の性質、前記令状発付の経緯、対象物件の特定の度合い等に加え、本件令状記載の法令が、後記のとおり共助犯罪に係るそれと双罰性を有する類似の法令であることにかんがみると、本件のような罪名の記載であっても、法の趣旨を没却するものということはできず、令状の効力に影響を及ぼすものではない。したがって、罪名の記載の誤りが令状の効力を無効ならしめるとする申立人の前記(1)の主張は理由がなく、また、本件令状は、前記のとおり、シャーマン法違反共助事件について発付されたものであるから、前記(3)、(4)の主張も失当である。また、本件押収処分は、シャーマン法違反共助事件について発付された本件令状に基づいて、令状に記載された物を差し押さえたものであるから、令状に基づく押収処分であることは明らかであり、この点に関する前記(2)の主張も理由がない。

(二)  次に、申立人は、シャーマン法と日本国の「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(以下、「独占禁止法」という)とはその基本的構成要件を異にし、共助犯罪事実は、日本国の法令によって犯罪となるものではないから、本件捜索差押許可の裁判及び右裁判に基づく押収処分は国際捜査共助法二条二号に違反する旨主張する。

しかしながら、双罰性の判断に当たっては、構成要件にあてはめられた事実だけを比較するのではなく、共助犯罪事実について、その構成要件的要素を捨象した社会的事実の中に、我が国の法令によって犯罪行為と評価されるような行為が含まれているか否かを検討すべきであり(東京高裁平成元年三月三〇日決定参照)、一件記録から窺われる価格協定に関与した事業者の市場占拠率、右価格協定後の経過などを総合すると、本件共助犯罪事実を、その法的評価を離れて社会的事実として見た場合、これが日本国内において行われたとした場合には、独占禁止法九五条一項、八九条一項一号、三条によって禁止・処罰される不当な取引制限行為に該当することが明らかである。したがって、この点に関する申立人の主張も理由がない。

(三)  さらに、申立人は、本件押収処分は、共助の対象ではない別事件のために、ことさらに本件に名を借りて執行されたものであるとも主張するが、一件記録を検討してみても、申立人が主張するような別件捜索・差押を疑わせる事情はまったく存在しない。

三  以上の次第であって、本件各準抗告は、いずれも不適法であるか又は理由がないから、国際捜査共助法一二条、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

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